Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “ゆく年を追っかけて” 
 



 今年の大みそかは夏場の猛暑の反動か、とんでもなくの大荒れになった。いつまでも暖かい秋が続いてたから余計にこたえたほど、冷たい雨は降るわ、夜になっても風の音が寒々しいわ。

 “クリスマスまでは何とか保
ってたのにな。”

 お陰様で、大掃除だのシーツや何やのまとめ洗いの洗濯だのが、少々難儀だったのを思い出す。寒さで体が動かしにくかったところへ着膨れさせられたもんだから、何をやっても何とも億劫な大仕事になっちゃったし。埃を出すのにと窓を開ければ、陽があまり照ってないままな外気はただただ冷たかったその上に、時折突風のような鋭い風も吹いたので、物干しにかけた竿ごと、シーツが躍っちゃあ落っこちかけるわ、そうこうするうち雨も降って来たってんで、家の乾燥機だけでは足らず、近所のコインランドリーへまで走ることになるわ。そんなにも大人数の家族だって訳じゃあないのに、結構あれやこれやとすることはあるもので、

 “…まあ、たった二人で居た頃からも、
  だからって、行事や何やをないがしろにしちゃあいけないってのが、
  母ちゃんの方針ではあったけど。”

 おせち料理もきちんと作ったし、着物を着付けて初詣でにも出掛けたし。ま・いっかというずぼらをするのへ抵抗があったらしいのと、二人だけなんだからってのを理由として思い出させちゃいけないと、そんな風にも思っていた母であったのかも知れず。

 “そんな健気なこと、させた張本人のくせしてよ。”

 明かりは灯さぬ廊下へと、居間の物音が襖越しに伝わってくる。この一年を振り返る回顧番組やら歌謡ショー、バラエティ番組やら格闘技のドリームマッチやらが、2時間も3時間もだらだら放映されてるけれど。大みそかはやっぱこれだよなと、7年振りのあれやこれやに浸りまくってる父ちゃんが、一番楽しみにしていたらしい某紅白歌合戦が、中盤を過ぎての佳境に入ったところであるらしく。今年はダブル男性司会者となった、その二人の掛け合いが聞こえてて。それへとウケてか、男性の笑い声も重なっての聞こえて来るのへ、

 “…結構、おじん臭いんだよな。”

 綿入れ羽織ってコタツにあたって、奥方のお酌で熱燗を傾けながら悦に入ってるあたりは確かに、30代になったばかりな男にしては渋すぎる嗜好かも。昔風に言うなら“文化住宅”とかいう、今時珍しい和室の方がメインな和洋折衷の家。居間もいわゆる“お茶の間”という作りの八畳間で、水屋という俗称の茶ダンスやテレビ、卓袱台
ちゃぶだいなんぞが置かれた、レトロな昭和30年代の香りぷんぷんという一室だったりし。そういう趣味もまた、7年も家を空けていた誰かさんの好みらしいというからにゃ、

 “果報者だよな、まったくよ。”

 何も言い残さずの突然に姿を消して、そのまま7年も放っぽり出してた相手だ、普通ならとっとと忘れね? なのに母ちゃんてば、遠いところに出張しているだけだって言い通してて。そりゃあ優しい、子煩悩な人なんだからって、少なくとも俺の前では、悪口言ったことなんか一度もなかったしよ。

  ―― きっと帰って来るんだからって、頑なに信じてた。

 どんな知り合い方をして、どんな付き合い方をしてたのかなんてこと、妖一は殆ど全然知らないし。当の本人たちにそれを訊くのは、もっと大人になってからだとも思う分別くらいはあるけどさ。

 “…あんな変わり者が好みだなんてさ。”

 母ちゃんもいい勝負の変わり者だよな…なんてところへと決着した、取り留めなくもつれづれとした想いを抱えつつ。自宅だってのに抜き足差し足。こそこそと玄関まで向かっていた坊やの小さな気配なぞ、風情は昭和30年代でも、置いてある機種は今時はやりの薄型液晶大型テレビ。高性能なステレオスピーカが、会場の臨場感を余すところなくの再現しており、しっかり誤魔化せるはずだったのに。

 「…で? お前はこんな遅くに ど〜こへ出掛けようってのかなぁ?」
 「げ。」

 え? え? 何でどうして? 茶の間から確かに聞こえていたのに? そろそろかしらと、キッチンへと立ってゆき、年越し蕎麦の支度に取り掛かってる母からの声へ、ちゃんと受け答えしている父上のお声が、テレビの音に重なってはいたが、廊下へまで届いてたはずなのに?

 「???」

 一体 何でどうしてと、無事にその前を通り過ぎた茶の間を肩越しに振り返っては、頭の上へ幾つもの“???”を散りばめている。金茶色した切れ長の眸を、驚きで大きく見開く坊やの前へと立ちはだかったのは。眸の色も髪や肌の淡さも、面差しもお揃いの、どこか妖麗な美丈夫さん。出先で例えば迷子になっても、このお顔で引き取りに行ったら、何の身元証明も要らぬほど安易に引き渡してもらえるだろうほどにそっくりの、ヨウイチ坊やに瓜二つなお父上、ヨウイチロウさん、その人であり。

 「あっちにはスピーカを置いといたんでな。そいでこっちにはワイヤレスマイク。」
 「きったねぇっ!」
 「何が“汚い”なのかなぁ。」

 玉子色のパルキーセーターや、スムースジャージのインナーはともかくとして。その上へと重ねた真っ白いダウンジャケットに、防寒性のあるヒート素材が織り込まれたスキーパンツといういで立ちは、どこから見ても家の中で過ごそうという恰好じゃあない。こんな夜更けにしかもこそこそ、親の眸を盗んで出掛けようって子供の素行の方がよほど、褒められたもんじゃないと思うんですけど、と。そりゃあなめらかに言い当てられて、
「う…。」
 イケナイことというのは百も承知か、少々 言葉に詰まりかけた坊やだったが。
「いんだよ、これって毎年のことなんだからサ。」
 大みそかの晩だけは、子供だって夜更かしを大目に見てもらえんだろ? 逆ギレでもしたか、妙なことへと胸を張る妖一坊やだったが、

 「ただの夜更かしじゃなかろうが。どこへ行くのかと訊いてる。」
 「初詣でだよ。」
 「そんなもん、父ちゃんが後で連れてってやるじゃんか。」
 「そうじゃなくて。約束してっからダメだって…。」

 言いかかってのハッとして、あわわと小さめの手がお口を塞いだが もう遅い。色白で鋭角的なお顔を、これみよがしに反っくり返らせての、わざとらしい見下し視線になったお父様、

 「はは〜ん、やっぱりな。」
 「な、なんだよ。子供が一人で出掛けんじゃねぇんならいんだろ?」

 バレたらバレたでという切り替えも素早い、さすがは小悪魔坊やの面目躍如という切り返しを繰り出したものの、

 「内緒にしてたのは何でだ。」
 「…うう。」
 「どこの誰と こういう約束をしてるって、何で事前に言ってかないのかなぁ?」
 「それは…。」
 「あげく、黙って出掛けようだなんて、どこの思春期の娘さんだお前はよ。」

 いかにも居丈高に胸を張っての言い放った父上の、上背に差があればこその盲点をついて、

 「うっせぇなっ。
  どうせ、先に言っといても何だかんだ難癖つけるに決まってるから、
  そいで言わなかっただけじゃんかっ!」

 最後の“かっ!”と同時、相手の長い足へどんと…それでも多少は遠慮したか、蹴りをかますのは止してのその代わり、良く磨かれたお廊下へ ずずっとすべり出させた足で、相手の足を押しやって。簡易の足払いでバランスを崩させた坊やであり、

 「わっ!」

 これはさすがに不意を突かれたか。態勢を揺らがせての わわっとふらついたお父さんの隙を衝き、よろめいたのと反対の真横を擦り抜けて、そのまま玄関までと駆け抜けてったところは、

 “伊達にルイたちの練習に混ざってねぇからな。”

 何たって“名コーチ様”なだけに、どんなに重厚なラインによる防壁を敷かれようと、突破するテクや効率的なフォーメーションはみっちり頭と体へ叩き込まれておりますということか。三和土へぴょいと飛び降りて用意しといた靴を履き、踵を収める余裕も惜しいとの“つっかけ”状態のまま、体当たり半分という勢いでドアを開けるとそのまま外へ。

 「あ、こら待てっ!」

 逃がしてなるかと、転びまではしなかった父上が、何とか体勢を立て直したそのまま、ほぼ直後へと続くような間合いで三和土へ降りての追いかけかかったものの、

 「…あ。」

 今宵はさすがに遅い来訪だったからか、バイクには乗って来なかったらしい。何の音もしなかった夜陰の中、晩になってますますのこと冷えが増したその中に、黒髪を丁寧に撫でつけた、上背のある影が佇んでおり、

 「ルイっ。」

 ジャケットの懐ろにでも忍ばせていたらしき、ボアのついたイヤーマッフル。月光に照らされた天使の羽根をも思わせる、金の髪が躍る頭へと装着しながら。そのまま相手の懐ろへと飛び込まんという勢いで、ぱたぱた駆けてった小さな影を。
「よお。」
 その大急ぎな様子へ、驚きもしなけりゃ慌てもしないで。大きめの、そちらさんもラフなデザインの足元まであるコートを、そりゃあ自然になめらかに。前の合わせ、片側だけを開いて見せて、さあおいでと駆け込ませてやった。その間合いの絶妙さといい余裕といい、

 “…妙に慣れてねぇか? それ。”

 鷹揚が過ぎれば、いかにもこれみよがしで、鼻につくような気障な所作でもあろう。彼らの場合はお互いの年齢差もあってのこと、無邪気な甘えという解釈も出来るため、妖しいそれには見えなかったが…その代わり。自然体であればあるだけ、

  ―― 俺たちにはいつものことです、お構いなく

 そんな雰囲気がありありと察せられ。そうと察した者へは、なんであんた、その子とそういう呼吸を持ち合ってんの? と。それはそれでやっぱりムカつかれる要素には違いないのかも?
(あはは) 上着はそれだけで良いんか? 寒くはないか? 何だったらタクシー拾おうか? 急な寒気の訪れにはそちらさんでも気づいてた葉柱のお兄さんが、これから一緒にお出掛けする小さな相方を気遣ってやる。出会ったばかりのころならば、同じ扱いをしても足元へとまとわりついてた感があったおチビさん。それがすっかり育ったもんで、今では懐ろへと掻い込んだそのお顔がいやに間近だし、

 「ヘーキだ♪」

 応じてそのまま嬉しそうにむぎゅっとしがみつく態度も、にっぱり微笑った表情も、ずんと豊かになったものだから…。

 「そ、そうか。////////」

 あれれ、おかしいな。別に何かアルコールとか引っかけて来た訳でもないのにな。腕白坊主のはりきり笑顔を見ただけで、何でこんな、

 “頬がむずむずして来やがんのかな?”

 妙に愛らしいお顔に見えたのが、そしてそれへと…もしかしてときめきかけてしまった自分の反応が、自分でも良く判らないらしいお兄さんのその困惑とやら。しっかり拾えたお人がもう一人ほどいるにはいたが、何だその呼吸はその会話はよとむっかりしかかっていたところへ、そのお兄さんからの視線が飛んで来て、

 「…あ。こんばんわ。」
 「あ? あああ、ああ、こんばんわ。」

 いやに礼儀正しいご挨拶をされたので、出端を挫かれたそのついで、不快のボルテージもやや後戻りしてしまうから不思議なもので。体育会系がやんちゃな層と一線を画すのが、何を隠そう この“けじめ”。なんてことない場面で人の品性や性根を表すそれだから、大事ですよね、礼儀作法って。自分よりも年長さんで、しかも“カノジョ”のお父上。そこはやっぱり敬わねばとの意識も働くか、先日来からこの態度やスタンスを崩さない彼のそんな態度へは、

 “うう…。”

 この華やかな見かけを裏切って、やっぱり体育会系のお父上、体の反射が自然に反応するらしく。彼もまた、良いお返事を返してしまうばかりだったりし。そんなお父様へ、頼もしい カレ氏が言うことにゃ、

 「これから隣町の○○大社まで初詣でに行って来ます。」
 「毎年のことだもんな?」

 アメフトでの祈願かけにと3年前の大みそかに詣でたのが始まりで。そしたら“前の年のお礼と次の年の新しい詣でに行かなきゃ片手落ちだ”とか何とか坊やが言うものだから、結局は次の年も、それから昨年もと出向いており。もはや慣例化している初詣でだとか。よっての、今年も迎えに来た彼だったそうだけど、
「拝んだら速攻で連れて帰りますので。」
「え〜〜〜。ついでに初日の出も一緒に見ようよぉ。」
 何がついでか、いつだって かーかー先に寝ちまう奴がよ。初日の出もなかろうがと葉柱がすっぱ抜けば、
「〜〜〜。」
 むむうとむくれたところを見ると、指摘された通りではあるらしいけれど、
「去年までは大掃除とかの手伝いで疲れてたからだ。」
 でも今年は、父ちゃんがいたからあんま疲れてないし。だから全然眠くないもんと、後半は駄々っ子に成り下がっての“ねえねえ攻撃”を仕掛けたものの、
「ダメだったらダメだ。」
「む〜〜〜〜っ。」
 正当派ヤンキーは、案外と義理堅いし、筋を通すことへも殊の外にうるさいもの。

 “大外回りからの理詰めで攻めるか、
  土壇場の突発事態を装って、なし崩し的に持ち込むしかなかろうて。”

 日頃のこの坊やだったなら、そういうタイプだとちゃんと判っての、それなりな対処も取れただろうにね。甘えれば聞いてくれる、そんな相性になっていればこその、

 “そんな策略や手管なんて要らない、か。”

 半分は負けん気が強かった反動、大の大人でさえひょいと捻れるという身でいるのが面白かったからだけど。もう半分は自己防衛も兼ねての鎧。見た目の奇矯さや片親が行方不明だってこと、自分からそんな詰まらないことに負けはしないがそれでも…坊やが気にするかも知れないと、気にする人がいるものだから。いつだってうんと高みに立ってる、鼻っ柱が強い子でいる必要があって。それでの可愛げのないお顔、通す必要があった坊やから、そんな必要はないと思わせている希有な人物。親つながりの知己でもないのに、坊やの背景なんて全然の全く知らなかっただろう若造だってのに、早い時期から坊やからのそういう信頼を得てしまった青二才。

 「…判った。気をつけて出掛けておいで。」







  ◇  ◇  ◇



  ―― なあ、やっぱ放っておいた俺が悪いのかな。


 反抗期と同時に、親より大事な人ってのを、もう作っちまってやがってさ。やっと二桁の年になったばっかなお子様だってのによ。生意気だよな、一丁前によ。ちょっぴり寂しげにぶうたれるご亭主へ、

 「そうね、でもね、わたしたちの息子ですもの。」

 いいところも悪いところも、わたしたちが授けたもの。遺伝として、育ちとして、まだ子供なうちのあの子が持ってるものは、自分で築いたものよりも、わたしたちが与えたものばかり。はんなりと微笑った奥方に促され、さあさ お家へ入りましょうとあやされているお父さん。もうすぐ新しい年がやって来る大みそか。ホントは近所の寺へまで、除夜の鐘を撞きに行くつもりでいたのによと、まだまだ愚図るお父上のお口を、そぉっと塞いだお母上の方がやはり上手だった本年も、あとちょっとで去ってゆく。



  どうか皆様、よいお年をvv





  〜Fine〜  07.12.30.


  *ちょっとばたばたっと書いた感が強い代物となりましたが、
   アイシの本年度ラストの更新ということで。
   年の初めは陰陽師ものが幅を利かせたルイヒルで、
   お父上のご登場でちびヒルが盛り返すかと思ったのですが、
   ………まあまあ、こんなもんでしょか。
(おいおい)
   今年も様々にお世話になりました。
   来年もまた、よろしくお付き合い下さいませね?


ご感想はこちらへvv

戻る